コラム

vol. 005

甘草 後編~歴史と今後の動向~ 

Vol,4から引き続き甘草についてお送りします。
後編~歴史と今後の動向~ 
5.ヨーロッパにおける甘草の歴史
 甘草をめぐる歴史は古く、エジプトではツタンカーメン(紀元前1333~1324)の王墓に埋葬品として見つかっています。ギリシャではヒポクラテス(紀元前460年 - 377年)やディオスコリデス(紀元1世紀頃)等の著書に記載があります。また、フランスのナポレオン・ボナパルト(1769~1821)は胃の痛みを和らげるために、日頃から甘草を噛んでいたと言われています。今でもヨーロッパでは、咽喉の痛みや咳を鎮めるために、甘草入りのリコリスキャンディーが市販されています。
6.中国における甘草
中国の前漢末期、即ち西暦紀元前後の著作と推定される薬草の古典「神農本草経」(著者および著作年代は不明)には、甘草は無毒で生命を養う“上薬”として分類されています。中国の甘草は、主に内蒙古東部で産する東北甘草と、北京北部から内蒙古、甘粛省北部ゴビ砂漠で産する西北甘草がありますが、基原植物はいずれもウラルカンゾウ(Glycyrrhiza uralensis)です。また、新彊甘草と呼ばれているのも大部分はウラルカンゾウですが、他にスペインカンゾウ(G. glabra)など数種が混在していると言われています。甘草の葉は萩に似ており、花はきれいな淡赤色です。しかし、漢方では根を使用しますので、それを掘り起こした場所は乾燥地となり、次第に砂漠化することから、大きな環境問題となっています。
7.正倉院の甘草と、栽培を試みた江戸時代
聖武天皇と光明皇后ゆかりの品をはじめ、天平時代の美術工芸品が多数、正倉院に収蔵(東大寺の一部としてユネスコの世界遺産に登録)されています。光明皇后が聖武天皇のご冥福を祈念され、天皇の遺愛品など六百数十点と薬物六十種を東大寺の本尊那仏(大仏)に奉献されたことに由来しているのです。その北倉99番に、香薬として分類されている4束(重量2520g)の甘草が保存されています。これが我が国に現存する最も古い甘草です。
江戸時代には、山梨県甲州市〔旧:塩山市〕の甘草屋敷(高野家)や江戸の小石川御薬園で甘草の栽培が行われていました。
徳川幕府の八代将軍吉宗の時代(享保5年、1720年)、高野家には幕府御用として甘草の栽培と管理が任され、幕府への上納が責務となりました。高野家の甘草はウラルカンゾウで、甲州甘草文書によれば少なくとも340年を経ているとのことです。

8.甘草をめぐる最近の動向
2010年10月、鹿島建設は千葉大学や独立行政法人の医薬基盤研究所と共同研究を行い、水耕栽培により日本薬局方の規格に合う甘草の根茎を大量生産するシステムの開発に成功した、と発表しました。また、同年12月には、三菱樹脂が甘草の商業生産に着手することを発表しており、我が国における甘草の供給体制は確立されつつあるように思われます。
名古屋大学環境医学研究所の研究によれば、甘草の主成分から合成した新蛋白質が脳内で多くなると、アルツハイマー病などを引き起こすグルタミン酸の大量放出が抑えられたと報道されました(読売新聞:2011・6・22)。今後の研究の進展が注目されるところです。